校訓

せいだして みんななかよく つよくなれ

 

沿革

昭和 54年
3月
 児童急増に伴ない豊田南小学校を二分し、青城小学校を創設。
平成 2年
11月
 健康優良学校(大規模の部)で、静岡県教育長・静岡県学校保健会会長から表彰
平成 8年
10月
 健康推進学校(中規模の部)優秀校として、静岡県教育委員会から表彰
11月
 健康推進学校中規模の部静岡県代表として、朝日新聞社(後援:文部省・厚生省)から表彰
平成 21年
12月
 耐震工事終了
平成29年   金融教育研究指定(平成29・30年度) 
平成30年 11月 金融教育研究発表会 


 

 

青城小の名前の由来

現在の磐田市立青城小学校が設立した際、校名募集がおこなわれ、様々な校名案の中から熊谷敬三の雅号である「青城」をとった青城小学校が採用されました。


熊谷敬三(くまがいけいぞう)※1819(文政2)年〜1900(明治33)年

西之島村(現 磐田市豊田西之島)に生まれる。雅号(がごう)は青城(せいじょう)。
幼い頃から中泉の秋鹿(あいか)氏などに学問を学び、絵は福田半香(ふくだはんこう)について習う。明治3年に邸内で私塾を開いたが、入塾希望者が多くなったため、近くの徳蔵寺(現在は廃寺)に移した。明治5年の学制頒布(がくせいはんぷ)により、翌年に西之島学校として開校。校舎が狭くなったため、有志と図り明治8年に若宮八幡宮境内(わかみやはちまんぐうけいだい)に洋風3階建ての校舎を建設した。この際村人たちに夜なべ仕事として縄(なわ)ないを奨励(しょうれい)し、藁草履(わらぞうり)や草鞋(わらじ)を作らせ、それを売って学校建設の資金をかせぎ建設資金の一部にしたという話が伝わっている。また近隣の村の神社を集め、明治7年郷社(ごうしゃ)若宮八幡宮の創建(そうけん)にも深く関わったことでも知られている。

 

青城小の校歌